「30分で130万円が消えた」S-WORKS盗難から8ヶ月、取り戻すまでの全記録

1. はじめに

ロードバイクの盗難は、誰にでも起こりうる身近な問題です。鍵をかけていたとしても、わずかな時間で持ち去られてしまうケースは決して珍しくありません。しかし、盗難に遭った人がその後どのような行動を取ったか詳細に知る機会は多くありません。
今回は、実業団ロードレーサーとして活動する北川和真さんにお話を伺いました。憧れの一台だったSPECIALIZED S-WORKS TARMAC SL7が盗難され、8ヶ月後に取り戻した経緯について振り返ります。

2. 概要

自転車店のサイクルラックにワイヤーロックで施錠し、約30分店内にいた間に、130万円のロードバイクが盗まれました。
警察への通報と同時にSNSで情報を拡散し、8か月にわたり中古サイト等を確認しながら捜索を継続。
その後、SNSのフォロワーからの連絡をきっかけに車体を特定し、警察とも連携して対峙・回収、最終的に示談成立へと至りました。

3. 盗難されたタイミングと捜索

Q:盗難に遭われたロードバイクについて教えていただけますか?

北川さん:

盗まれたのは SPECIALIZED S-WORKS TARMAC SL7(2021年モデル)です。
スペシャライズドCPOでフレームを購入して、前に乗っていた SCOTT ADDICT RCからコンポーネントを移植して組みました。
高校の時に親名義のローンで買ったバイクの返済が終わって、初めて自分名義で購入した特別なバイクでした。

Q:盗難が発生した当日の状況を、できるだけ詳しく教えてください。

北川さん:

いつもお世話になっている自転車店 にパワーメーターの相談で行った時です。
店舗の横にあるサイクルラックに、細いワイヤーロックで施錠して、約30分ほど店内にいました。サイクルラックは店内から見えない位置でしたが、ワイヤーロックをサイクルラックに通しておけば大丈夫だろうと思っていました。
戻った時には、自転車は無くなっていて、切断された鍵だけが残っていました。

人目のある日中の場所で、わずか30分の出来事でした。高額ロードバイクの盗難が、どれほど短時間で起きるかを示す出来事でもあります。ワイヤーロックはボルトカッターで切られているようでした。ボルトカッターはホームセンターなどで3000円ほど入手でき、簡単に切断できてしまいます。

Q:その場でどのような対応をされましたか?

北川さん:

付近を自身で捜索しましたが見つからず、警察に通報しました。警察の方が近隣の店舗に設置されている防犯カメラの確認を行ってくれましたが、映っていても逆光で犯人の姿が映っていなかったようです。

警察による現場検証が行われましたが、犯人の特定につながる手掛かりは残っていませんでした。

Q:その後の行動として、SNSでも情報発信されたと伺いました。

北川さん:

手がかりがほとんど無かったので、SNSで情報を拡散しました。どこで盗難に遭ったのかという場所の情報と、車体のモデルを載せて、もし目撃情報があれば DMで連絡してもらえるように 投稿しました。
投稿には写真はもちろん、サイズやコンポーネント、サドル、ハンドルなど、細かい特徴をできるだけ全部書きました。

その結果、SNS上では大きな反響がありました。TikTokでは43,000回以上再生、Xでは58万回閲覧され、多くの人の目に触れることになります。一方で、情報が広がることで、さまざまな声も届くようになりました。

北川さん:

コメント欄では、「車に似たような自転車を積んで走っているのを見た」といった目撃情報も結構来ました。その反面、「そんな場所に置いた方が悪い」といった批判的なコメントも多くきました。

寄せられた情報のすべてが直接的な手がかりになるわけではなく、車で運ばれたという目撃情報などは、現実的に追い切れない部分もありました。

北川さん:

実際に自分で確認できたのは、フリマサイトに出品されている情報 でした。車体のサイズが近いものが出ていると教えてもらえれば、それはすぐ自分で確認できたので助かりました。

SNSでの発信は、決定的な証拠をすぐに得るための手段ではありませんでしたが、多くの人に状況を知ってもらい、目を増やすという意味で、大きな役割を果たしていたと言えます。

Q:盗難後、生活にはどのような影響がありましたか?

北川さん:

練習では盗まれたバイクがないか周りを気にしてしまったり、休憩で寄ったコンビニでは自転車が無くなったことを思い出してしまい、走りに集中できなくなりました。レース中も盗まれたバイクの事を考えてしまい、集中できず競技どころではなくなってしまいました。

Q:新しいバイクも購入されたと伺いました。

北川さん:

レースに戻るために、TREK ÉMONDA SLR7 をローンで買いました。2台分のローンで月に約8万円の支払い、合計160万円以上の支払いになりました。その時期は朝8時から13時までと17時〜24時までアルバイトを掛け持ちして働いていました。空いている昼の時間帯はトレーニングを行うハードな日々を過ごしていました。

金銭面だけでなく、体力面や生活全体に大きな負担がかかっていたことがわかります。

Q:盗難から発見までの約8ヶ月間、どのように捜索を続けましたか?

北川さん:

時間があるたびに、SNSでの個人取引や中古販売サイトを確認していました。ただ、捜索の回数はどんどん減っていって、最終的には月に1〜2回見る程度になってしまいました。

さらに、ご友人の協力についても語られています。

北川さん:

友人も気にかけてくれて、夜中に近隣を探しに行ってくれたりしていました。見つかる可能性は低いと分かっていたと思いますが、少しでも手がかりがあればという気持ちで動いてくれていました。

しかし、情報が減り、警察の捜索も限界がある中で、精神的には厳しい時期もあったと話します。

北川さん:

警察の方も巡回中に特徴が似た自転車がないか見てくれていたようですが、自転車盗難は件数が多く、ずっと探し続けるのは難しいと説明がありました。

そのような状況の中で、北川さん自身は心境の変化もあったそうです。

北川さん:

みんなが動いてくれている中で、いつまでも下を向いていてはいけないと思うようになりました。それで気持ちを切り替えて、新しい自転車での生活に少しずつ戻っていきました。

4. 発見と犯人と対峙した瞬間

Q:発見のきっかけはどのようなものでしたか?

北川さん:

最初に教えてくれたのは、SNSのフォロワーの方でした。その方は、実は 犯人からトレードを持ちかけられた人の友人だったんです。その友人の方が、自分のバイクに似ていると思って、フォロワーさんに共有してくれて、そこから 「これ盗まれたやつじゃないですか?」 と連絡をもらいました。
その後、送ってもらった画像をもとに フレームカラーを細かく照らし合わせて特定しました。迷彩柄の塗装が、手作業で塗られた独自のものなので世界に1台レベルで同じパターンは存在しないものなので、自身のロードバイクと特定ができました。

実際のフレーム

Q:発見後、どのような行動に移したのでしょうか?

北川さん:

犯人と取引を装う形で、会う約束をしました。一人で行くのは危険なので、監督と協力してくれる2名(フォロワーさんとその友人)に同行してもらいました。事前に近隣の交番にも事情を説明しておいて、対応していただけるように準備しました。

突然の対峙ではなく、警察との連携を取った上で冷静に手順を踏んで進めたといいます。

Q:実際に対峙した時の状況を教えてください。

北川さん: 実物を見て、やっぱり自分のだと確信しました。ただ、もしかしたら、盗んだ人とは別に、その自転車を“買っただけの人”という可能性もあるので、最初から強く詰め寄るようなことはしませんでした。

まずは落ち着いて会話しながら、フレームカラーや細部の特徴を確認していきました。

北川さん:

色の入り方などを確認しつつ、一番気になっていた 車体番号の部分 を見たところ、番号は 削られていました。また購入先を確認したところ、「ワイズロードで買った」と言ったんです。ワイズロードではスペシャライズドの製品は取り扱っていません。そこで「間違いない」と判断しました。

車体番号を削るという行為は、本人確認を困難にする典型的な盗難の手口です。この時点で、犯人である可能性が非常に高まったといえます。その後の対応については、次のように話されています。

実際に削られた車体番号

北川さん:

相手とやり取りしながら状況を見つつ、必要な場面で警察に来てもらいました。
相手は 16歳の未成年 と分かり、今回の自分のバイクだけでなく、複数台のロードバイクを盗んでいた ことも後から分かりました。

なお、盗まれた車体の中には、既に売却されてしまったものもあったとされています。 北川さんの車体も前輪は既に売却されていました。

5. 示談や賠償のやりとり

Q:示談や賠償について、教えていただけますか?

北川さん:

当初、犯人側の親御さんからは 「新しく買ったバイクの分も支払う」 という話がありました。それを受けて、盗難された車体と、盗難後に新しく購入した車体の 2台分に迷惑料を加えた見積書 を作成しました。

北川さんの車体価格は 約130万円。2台分の車体価格に迷惑料が加わることで「請求額は300万円規模になる」と感じていたといいます。
しかし、見積書を提示した後、犯人側の親御さんからは「2台分の支払いは難しい」 という返答があり、交渉は簡単には進みませんでした。

北川さん:

「犯人の親御さんも想定以上の金額だったのだと思います。このまま時間がかかると、話が変わってしまうかもしれないと思いました。」

当初の話と状況が変わる可能性があること(請求額が支払えない)、盗難車両は複数台あり、賠償の規模はもっと大きくなると感じた北川さんは示談による早期解決を意識するようになったそうです。

■ 示談成立までの流れ

示談交渉は約2カ月半ほど 話し合いが続きました。その間、相手から金額を下げてほしいという相談や、情に訴えるような話も出てきたといいます。
最終的には

  • 盗まれた自転車の価格(約130万円)
  • 迷惑料

を含めた金額で話がまとまりました。

北川さん:

「その結果自転車の価格プラス迷惑料という内容で話がまとまって、後日お金を用意してもらいました。」

こうして示談が成立し、一連の手続きは終えることができました。北川さんは、示談を選んだ理由について次のように話しています。

北川さん:

「自分が裁判を起こさなくても誰かしらが裁判を起こすだろうと思っていました。
無理に制裁を与えなくても誰かがやるだろうと感じていました。」

また、長く関わり続けることへの抵抗感も大きかったといいます。

北川さん:

「長く関わりたくないという気持ちも強かったです。示談金は振り込まれたものの、結局、すぐ車体のローン返済に消えて手元にはほとんど残らなかったです。やっぱりちょっとやるせない気持ちは残りました。」

と振り返っており、金銭的な意味でも精神的な意味でも「やるせなさ」が残ったことを率直に語っています。
精神的・体力面での負担の大きさを考えると、「やるせなさ」を感じたと振り返ります。
とはいえ、最終的に自分のバイクが返ってきたことは、大きな区切りになったとも語られています。

6.盗難後の変化

Q:盗難を経験して、自転車に対する考え方は変わりましたか?

北川さん:

正直、盗まれるっていうのは、自分とはあまり縁のないことだと思っていました。最初は。

盗難に遭う前、北川さん自身も「自分は大丈夫だろう」と感じていた一人でした。
そのため、盗難保険についても選択肢としては考えていなかったといいます。

北川さん:

盗難保険って、やっぱり高いじゃないですか。年額が車体価格の10%くらいって言われていて、僕の場合だと(ロードバイクの価格が)120万、130万になるので。年額12、13万円かかります。正直、「そんなにするの?」と思い、払えないと感じ加入しませんでした。

高額なロードバイクであればあるほど、保険料も比例して高くなります。その負担感から、結果的に「保険には入らない」という判断をする人も多くいます。

Q:盗難後、防犯対策はどのように変わりましたか?

北川さん:

アブスの太いチェーンを購入しました。AlterLock Gen2 も使っています。
コンビニなど短時間の停車でも、必ずチェーンとAlterLockの両方を使います。 また、友人と走る時は、必ず誰か一人が自転車を見ているようにしています。 買い物が終わったら交代して、絶対に目を離さないようにしています。

Q:高額なロードバイクだけが盗まれる、という印象についてはどう感じますか?

北川さん:

いや、それは全然ないと思います。高いバイクだけが狙われるというのは違うと思います。
見た目としてロードバイクと認識される以上、どんな価格帯でも高額商品として見られると思います。 ドロップハンドルっていうだけで、「これ高いんでしょ?」って 聞かれることも多いです。

つまり、エントリーモデルだから安全、という考えは成り立たない。ロードバイクであること自体が、盗難リスクにつながる可能性があるという認識です。

7. まとめ

北川さんの体験は、ロードバイクの盗難が 誰にでも起こり得る現実的なリスク であることを教えてくれます。わずかな時間の駐輪でも盗難は起こり、発見までには長い時間と大きな精神的負担が伴います。それでも、本人の行動力、SNSでの情報共有、そして周囲の支えが重なり、最終的には発見へとつながりました。またインタビューでは、高額なロードバイクを盗難された状況でも練習を続け、競技への情熱を失わなかった北川さんの姿勢は強く印象に残りました。AlterLockとして、北川さんの今後の競技人生を心から応援していきたいと思います。

■ あなたの盗難体験をお聞かせください

AlterLockでは、自転車やバイクの盗難に関する体験談を募集しています。あなたの声が、多くのサイクリストやライダーの防犯意識向上につながります。